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文化・芸術

2015.04.18

ボッティチェリ展@Bunkamura

Photo
昨日はひさしぶりに絵を見に行ってきました。「ボッティチェリとルネサンス―フィレンツェの富と美」。そんなに人もいなくて、ゆっくり回れて、よく味わうことができました。フィレンツェの歴史もマキャベッリの時代と重なり、塩野七生さんの本を読んでいたこと、さらに最近の聖書の勉強もまた西洋絵画を理解する大きな助けとなり、時間があるときに読んだり勉強したり、ランダムにやってたことがふとこんなふうに自分のなかにあることを確認するとき、人生無駄なことはひとつもないし、予期してないところで後から役立つものなんだなあと改めて思います。

花の都フィレンツェで素晴らしい芸術が花開いたのも、メディチ家を中心とする財力のバックアップがあったからこそ。そしてそれは「金貸し業」というものに対するカトリックの罪悪感の刷り込みが背景にあったり、しかし回りまわって教会維持のために役に立つならOKという思惑もあってどこか抜け道というか、贅沢も一部許され、そんなことやってたら狂信的な修道士サヴォナローラが出てきて「虚栄」を焼き払ったり。なんてもったいないことするんだろう、「虚栄を廃する」と言って人前で贅沢品を燃やすことだって虚栄にあたるんじゃないか、美しいものは美しいと認めて残しておいたほうがずっとよかったのにと思わずにいられません。もちろんあまりに貧富の格差があるよりはないほうがいいですが、お金を持っている人がこんなふうに美しいものづくりに投資することは、全然悪いことではないと思うのです。お金のあるなしがいい悪いではなく、どういうふうにお金を使うかという「意図」が大切なのではないかと思います。なのでお金を持つことにあまり罪悪感を持たせすぎたり、贅沢を目の敵にしてみたり、減税措置が受けられるからとかいう現世的対応だけだったりというのは、どれも何か方向性が違っているのではないか、「心」が脇に置かれた考え方なのではと感じます。

こういう美しい芸術作品がいまを生きる我々の目にも届くということは、生み出したボッティチェリをはじめ当時の作者たち、そして庇護したパトロン、その後大切に守り続けてきた美術関係者の皆さんと、さまざまな人たちの努力によるもので、途中で価値を認めない人が出てきたり、火事に遭ったりしていたら残っていないと考えると感慨深いですし、こうやって完成するまでに、作者は何を考え、どんな思いをこめて描いたのかなあと思いながら絵を眺めていると、一瞬いま自分がどこにいるか忘れてしまいます。絵も真っ白なところから、作者の頭にイメージは完成していて、そしてそれを現実に落とし込むというか、自分の頭のなかにあるものを「産みだす」作業。大天使ガブリエルがマリアさまに「受胎告知」する絵も多くありましたが、なにかを創造するというのは、アイディアやイメージが自分のなかに生まれて膨らんで、そしてそれを絵や文章などで表現するという作業なので、大天使ガブリエルはいろんな人にいろんな形である意味「受胎告知」を行い、芸術をはじめ新しい技術、発想などを人々が産み出すことを助けているのかもしれません。“May the force be with you”というのも、聖霊の働きあらんことを、と考えるとキリスト教的な響きになってしまいますが、美しいものはなんかやっぱりどこか天の香りがするというか、人間の力だけで産み出せるものではないんじゃないかな、と思うのです。

だけどこの世に美を産み出せるのは、現実に生きている人間の手を通してのみ可能なのであって。そしてサヴォナローラのように、ひとりの人間の価値観が美しい創造に不可欠な自由な精神の邪魔をするという影響は、ボッティチェリの作品がその頃は精彩を欠いてしまっているという事実が物語っていることで。

仲良しの先輩が「これ読みなさい」と買ってくれた、東村アキコさんの『かくかくしかじか』。マンガ大賞2015受賞作品だとか。いつも私の幸せを願って、私の「ものづくり」の夢を応援してくれて、こんなふうに温かく優しい思いやりで包んでくれて、がんばらなきゃ!!です。もちろん自由に、のびのびと☆

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