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2015.08.17

祭りのあと

阿波踊りが終わると、急速に秋の気配の徳島です。朝夕は涼しく、やかましい蝉の声も収束し、虫の音がかわいらしく響くようになりました。しかし蝉の地中で過ごす時間の長さと、地上で過ごす時間の短さを考えると「うるさい」と言ってはかわいそうだと思い、「元気に鳴きなはれ」と、精一杯生命を燃焼させて生きる大切さを教わる夏でありました。

こちらは秘境・祖谷の「琵琶の滝」。平家が逃れてきて、京の都を思いながら琵琶をかき鳴らしたという伝説があるとか。一時は栄華を誇っても、政治体制が変わればそれまでの「権力者とそれにあずかる人々」は一転追われる身となり、昨日まで「正義」だったことも全否定されて覆される。なんとはかなきことでしょう。この世に「絶対の正義」など存在しない。琵琶の音は聞こえませんでしたが、世は変遷すれど、この滝はずっと変わらずにいて、またこれからも変わらずにいるのだと思うと、「これが正しい」とか「あれが間違っている」ということにあまり捉われることはないのでしょう。

Photo
あしたはひさびさに京の都へまいります!

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コメント

美しい滝でしたね。

春の夜の夢のような儚い栄華でしたが、平家はたくさんのとびきり美しいものを残してくれましたね。
清盛の筆跡も残っている平家納経は、特に美しいと思います。
でも、「もの」は「もの」。
権力に任せて手に入れた大半のものは残っていませんね。

平家の落人の家を訪れたとき、あんな険しい山中にあっても茶の木を栽培し、乾燥させ、挽いて抹茶にし、茶の湯を嗜んだことを知って、平家の人々の雅びを愛する心は本物だったのだなあ、と思いました。

「美しきもの」を愛する平家の人々は、この滝や美しい吉野川を、永遠の美しさに出会えた喜びを持って見つめたかしら。

おおまり様

本当に美しい滝でしたね☆(一緒に撮った写真は、私の頭に滝が直撃しているナイスショットでした(笑)

あんなところまで逃れたのに、まだ追手が来て敵方を根絶やしにせんとする権力をめぐる争いの執念にゾッとしましたし、それはいまなお命は取られないまでも、現代においても権力という実体のないものをつかむ得体のしれない感覚(不安)に基づいているのではないかと感じました。

そんなドロドロしたなかで、美しいものを愛で紡いだ心があったことは、私たちの心に希望の虹をかけてくれるなあと思います^^

京の都を思いながら、自然の美しさのなかでひととき心の平安を見出して天に帰られたのかな。そうであってほしいと願います!

次は奈良に行きましょうね☆

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