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2015年1月の記事

2015.01.31

Frozen

東京に戻りました!雪に見舞われてびっくりでしたが、寒さだけでなく、いろいろ心にポンポコ湧き上がるものもあり、frozen状態で書く手が止まっておりました。すみません(>_<)

今日は空の青さがどこまでも美しく、いい午後でしたが、風がビュウビュウ吹いて駅のホームで飛ばされそうになりました。これ、春一番だったらなーと思ったのですが、まあもう少し先ですね。とはいえ関東平野に雪が降るのは春の訪れ、とも言うそうですし、日も長くなってきましたし、あたたかくなるのが本当に待ち遠しいですね。

そうこうしているうちに1月も今日でおしまい。今月からブログを始めてみて、試行錯誤で書いてきたものの、どうなんでしょう。「永田町通信」時代ほどエンタメ感が出せてないような気がして気が引けているのですが、まああれはいま考えてもあの時代が奇跡的に面白かったという時代背景があるからできたことなんだと思います。小泉さんをはじめ千両役者が揃っていましたし、いま同じことをやろうとしても、現在の永田町をいくら楽しく描写しようとしても、あんなに面白いことは起こっていないし、雰囲気もどよーんと暗いので、読み物として楽しいものを書くのは難しいと思います。あのときに「さくら」としてそのへんを駆け回りながら、見るもの聞くものにいちいち感動して、「今日はこんな面白いことがあった!!」「こんな素敵なこともあるんだよ!!」と情熱を持って発信できたのは、やっぱり小泉さんの時代はいろんな意味で特別で、そして例外的に改革マインドあふれる時代だったからだろうと思います。広報にいたからやってたわけではないのですが、機関紙記者としてわりと自由に動けるポジションにいたからこそできたことでもあり、「古い自民党」をぶっ壊すという小泉さんに共感共鳴して書いていたときは自分でも本当に楽しく、毎日大笑いして面白かったですもの。もうあんな時代がくることはないんでしょうね。

しかし先日うっかり魔界にまた足を踏み入れてしまったばかりに、ちょとこのところフラッシュバックに襲われています。これが結構しんどくて(涙)魔界勤めのときは、日々の心の持ちよう(警戒心)も違いますし、ドラクエふうにいえば相当の装備で身の守りを固めてフィールドでの戦いに臨んでいたわけですが、まあ開会前で閑散としてるだろうから、魔物遭遇率もかなり低いだろうと油断していた私は甘かった。そんな「ぬののふく」(ほぼ無防備)で行って無事で帰ってこれるわけがないだろう、せめて「みずのはごろも」くらい着て行けばよかったと、いま猛烈に自分を反省しています。ドラクエ1の王様のことばが身にしみます。

「おおあい! しんでしまうとは なにごとだ!

しかたのない やつだな。 おまえに もう いちど きかいを あたえよう!

たたかいで キズついたときは まちにもどり

やどやに とまって キズをかいふくさせるのだぞ。

ふたたび このようなことが おこらぬことを わしは いのっている!」

勇者あいは、仰せのとおり町に戻り宿屋に泊って回復中ですが、そもそももう二度と魔界に足を踏み入れない方がいいのではないかという気がしています。回復するまで、魔界紀行編はしばらく書けそうにないかもしれませんが、「こんなこと書いたらどうか」とか、「東へ行くと魔物も強いので、まず西へ行ってレベルを上げたらどうか」等々、「なんでもドラクエにたとえるな!」という苦情も含めて(笑)町の人たちのアドバイスはいつも丁寧に聞きたいと思っておりますので、教えていただけたらとってもうれしいです!

まもなく立春。たしかに春へと向かっているのを感じつつ、魔界で凍り付いた心の雪解けも自然にまかせて、歩みだけは止めないでいきたいです。

2015.01.27

Unbroken

このところ少し寒さが緩んで、寒いのが苦手な私は本当にありがたいです。この冬はやたら寒くて、風邪ばっかりひいているので、久しぶりに体調がいいなあと感じるのはうれしいことです。風邪をひいてばかりなのはひとえに免疫力のなさゆえなのですが、もともとの体質があるにしても、あれだけ長くオバケの世界にいたということは、心身ともに無傷であったわけがありません。いろいろ経験値を積むなかで、ちょっと他では体験できないようなこと、traumatic experienceも正直ありましたので、心には有形無形の傷がいまものこっています。

先週は頼まれて永田町でお手伝いをした日があったのですが、そのときに別にいやな思いをすることはなかったのですが、やっぱりその場にいるとつらかったときのことを思い出してしまうんですね。普段はもう思い出すことはほとんどなくても、悪夢のような経験は完全に忘れているわけではなく、心のどこかにしまわれていて、ふとした拍子にそれがpop upしてくる。これは時間が経ったからといって起こらなくなるものでもなくて、そのときの関係者の名前を耳にしたりとか、ちょっとした会話から思い出してしまって震えが止まらなくなったりすることはあったのですが、さすがにもう大丈夫かなと思っても、いまも襲ってくるものなんですね。意外なところから傷口がパカッと開くと、ちょっといまでもしんどいです。

今回のpop upのきっかけはアンジェリーナ・ジョリーが監督した映画「Unbroken」で、内容が反日的だとかいう理由で日本公開が見送られているというニュースで、この背景解説を読んだ後、「どこが反日的なんだろう?」という疑問だけでなく、悪夢に襲われてうなされてしまいました。Homeland のブローディがtortureを受けてPTSDに苦しむシーンも正視できないのですが、このザンペリーニ氏がくぐり抜けてきた苛酷な戦争体験は、正直私には映画を観るのはかなりつらいと思いますが、それでもなお敵を愛しゆるすという境地に至った彼の人生を描いた映画を、私は目を見開いて観てみたいと思っています。

 

この捕虜虐待をした日本人軍曹は、戦場だから多少おかしくなっていたというのもあったのかもしれませんが、やっぱり元々性格異常者というか、ちょっとおかしなところがあった人なのかもしれません。日々終わりなく繰り返される理不尽な仕打ちを受け、普通の人なら気が狂うところをなんとか耐え抜いて、とはいえやっぱり無傷では済まなくて心身ともに深い傷を負って帰還する。その最中も地獄ですが、そのあとはもっと地獄を見たんだろうなと思うのです。それを乗り越えるのは何かというと、相手を憎むことではなく許すことだと。「ゆるす」というのは実は相手が問題なのではなく、自分が相手に対してどういう思いを持っていたとしても、あくまで自分の感情の問題であって、自分が相手に対して持っているさまざまな思いをどう乗り越えるかということなのではないかと思います。なかなかイエスさまのようにはいきませんが、相手を憎んで生きるということは死ぬまで自分は心の平安を取り戻せないということであり、その状態のまま一生いることが嫌なのであれば、どこかで自分の感情に決着を着けないといけません。「ゆるす」というのはありのままを受け入れるということであり、起こったことを自分の判断ではなく神様にゆだねるというか、自分が相手を裁かないということなのかななあと思います。

 

心の傷というのは身体の傷と違って目には見えないものですし、傷つきやすい人も傷つきにくい人も、多かれ少なかれ誰もが心に負っているものだと思います。完璧な人間なんていないし、人に傷つけられたといっても自分もどこかで誰かを傷つけていると思うし、自分だけが別にかわいそうなわけではなくて、世の中にはつらい思いをしている人がたくさんいる。本当に優しい人というのは、口に出しては言わないけど実に壮絶な経験をしている人だというのも、これまで出会ってきた人たちから教えていただいたことであり、この人たちのように自分もひとに優しくありたいなと思います。オバケの世界での傷が癒えるには時間がかかるのかもしれませんが、私が救われたのは人のやさしさと友情でした。受けた傷よりも、受けたやさしさをお返ししていきたいと思いますし、依然免疫力アップは課題ですが、少し休んだくらいではこれまでかかってきた心身の負荷は取り返せるものでもないと心して、あせらずにゆっくり進んでいきたいと思っています。

Unbrokenといっても、heartbrokenな経験は一生消えることはないし、不屈の精神は苦しみを乗り越えた人が持ちうるつよさであるにしても。つらい思いをしたり、理不尽な苦しみを受けてている人たちがこれ以上悲しい思いをすることがありませんように。そしてそんな思いを人にさせるほど、どこか精神のバランスがおかしい人たちが早くこの世からいなくなりますように。心から願います。

2015.01.26

“右上がり”県

Photo


徳島にも、地方ならではの摩訶不思議なところはたくさんあるのですが、月曜日は行ってみたかったカフェが軒並みお休みだったため、美波町へ。合併前の「日和佐」の名前の方が響きも語感も好きでしたけどね。上の写真はそこでいただいた「南阿波・右上がり丼」。アオリイカと阿波尾鶏(あわおどり)という、県南名物と温泉玉子ののっかった丼でした。なかなかでした。

「阿波尾鶏」というのは徳島県産の鶏の名前でして、数年前に選挙の応援に入った先生に「ところで徳島の名産って何?」と聞かれ、「阿波尾鶏です」と答えると、「いやいや、文化じゃなくって食べるもの。なんかないの?」「“阿波尾鶏”というチキンがあるんです。尾っぽの尾に鶏のトリと書きます」と説明したころ、「ほんとにそんな名前なの??」と大笑いされたことがありましたが、これがなかなか美味しくって東京でも出してくれるお店はちょこちょこあるのですが、意外と徳島のスーパーでは見なかったりします。最近成城石井あたりで「すだち鶏」というのも見かけますが、これもなかなかです(→ついひいきして買ってしまう人)。

「で、なんで“右上がり丼”て言うんですか?」と聞いてみるたところ、お店のおじさんによると、それは県南だけのことを指しているのではなく、徳島県は全国的に知名度が低く、「徳之島」(鹿児島県)と間違われることが多いし、四国でもどこ?という感じで「四国の右下です」という説明をすることが多いので、「右上がりになってどんどん発展していく」という願いをこめて名づけられたとのこと。昨年「全国丼サミット」なるものも開かれたらしく、こういうのが考案されたようです。B級グルメは地方再生の鉄板ネタですが、これが根付くのかどうか、やや微妙なところかもしれません。ただ美波町は阿波尾鶏の主力生産地(8割くらい)らしいので、もうちょっとアピールしてもいいような気がしました。ちなみにおたずねした「むらかみ」というお店は、入り口がやたら狭くて(車で入るのをためらう狭さですが、駐車場はその先にちゃんとあった)、逆にそれを売りにしているらしいのですが、ナビで住所を入力してもちょっと違うところに着いてしまったという、地方にありがちなちょっとしたラビリンス感?が味わえたりします。

もう十分成熟した日本が右上がりな経済成長をすることはないでしょうけど、徳島県という地域がが“右上がり”の成長を遂げることはできるかもしれません。この南阿波丼のお値段は1000円でしたが、まあこの種のものは“応援料金”というのが付加されていると思って払うものなのだろうな、と思いました。

2015.01.25

Awa Dance!!

所用で徳島に帰省しています。

東京にいると、数字で見るだけでは予算付けされたお金がどこでどんなふうに使われているのか感じられることはあまりないですが、帰ってくるたび、いつのまにか開通した道路とか、建設中の高速道路とか、変わってしまった風景のなかで予算が使われていることを実感します。これらが絶対必要なのかどうかは私には分からないですが、なんか空港も新しくなり、ちょと家から遠くなったし、こうした道路や空港の整備が「恩恵」になるのかどうかは、住んでいるところにもよるのだろうし、「無駄な建設」なのかどうか個人レベルでは判断しかねるところではあります。でもすっかり変わってしまった風景を、多少便利にはなったのかもしれないけど、私は美しいとは思いません。

 

帰って来てみると、食べ物もおいしいし、お水も空気もきれいで空は広々としているし、東京のハロウィーン地区で聞くような「かわいそうな地方」なんていうふうに感じたことはありません。また徳島では地方再生でも素敵な取り組みや成功例はあって、雇用を何百人生み出すとか、大きなお金が落ちるとか、そういう“目に見える”ものではなくても、「サーフィンがやりたいから」と言って移住してきた人が住みついて民家カフェをやってるとか、廃校になった校舎を再利用してまちづくりに活用されているだとか、何にもない漁村が何にもなさを売りにして話題になってるとか、小さくても何人かの人たちは確実に幸せになっている事例なんかは結構あって、地方自治体の悲壮感をよそに、こういう自主的な動きのほうがずっと楽しそうだし、未来に希望を感じます。政府が何もしなくても、動いている人たちはたくさんいるんですものね。

 

 

Photo_5

徳島といえば阿波踊りで、空港の名前にもなっているほどですが(徳島阿波踊り空港)、なんとことし5月24日にパリで阿波踊りが披露されるのだとか。ノートルダム大聖堂の前で阿波踊り・・・ちょと想像がつきませんが、いったいどういうケミストリーが生まれるのでしょう。テロ事件のあとのフランスがどんな雰囲気なのか分かりませんが、極めて適当な雰囲気が生まれることに寄与するのであれば、見に行ってみたい気はします。一升瓶の代わりにワインのボトルをラッパ飲みしながら踊る(フラフラする)とか、リズム感がなくても踊ったことなくても誰でも参加できるし、澄ました顔してツンケンしてるよりも、人間みんな阿呆なんだから、「踊らなソンソン」と我を忘れるパリの人が何人くらい出てくるのか興味深い感じがします。「寛容」というより「いい加減」という方が日本人的な気がしますが、江戸時代末期のようにヨーロッパに「ええじゃないか」が広がる火付け役になったりしたら、それもまた面白いかもしれません。

2015.01.22

人生はドラクエV 天空の花嫁

2014年の春あたりから、増田寛也・元総務大臣を中心とする日本創世会議が発表した「人口急減社会」の提言が急速に世の中の関心を集めるようになりました。「このまま人口減少がすすめば“消滅危機”にある市町村の数は896」とのショッキングな内容に、とにかく何か手を打たなければいけないし、政治がきちんとメッセージを出さないといけないという危機感から、党でもなにかしなければとプロジェクトチームが設置されることになりました。いろいろ考えた末、「ふるさとに人口と活力を取り戻すプロジェクトチーム」(以下「ふるさとPT」)と名付けられ、夏に議論が始まったのですが、地方再生に関心を持って勉強し、「稼ぐインフラ」と「里山資本主義」という素晴らしい処方箋に出会っていたので、私は悲壮感よりもむしろ希望を感じていました。「補助金なんか使わない地方再生策をここでドーンと打ち出して、この地方自治体の危機感が自助自立の努力に向かえば、きっと日本はいい未来になること間違いなしだ!みんなで頑張ればなんとかなる!!」と。

しかし議論が始まってみると、どうも認識が私だけ大いにズレているのを感じ始めました。地方再生は地方の自助自立が当然基本なんだろう、と思っていたのに、この認識の甘さというか、やはりここは骨の髄まで「予算と税制を使って何かやる」という発想なのだということを思い知り、やっぱりこの自民党的発想に慣れないしなれない自分を発見することになりました。PTでは「とにかく今すぐ、何か手を打たなければ大変なことになる」との危機感をバックに、さらに「アベノミクスの温かい風を地方に」との“予算拡大”への期待感も重なり、政官一体となって昔懐かしい「均衡ある国土の発展」的な感がしないでもない、地方が“恩恵を受ける”政策が検討されました。改めて書き並べるとまた悲しみが増すので、こちらをご参照ください。「来年度予算でまず速効性のある対策を打つ」というのを前提に、「予算と税制を使う」という発想で出てくるのだから、当然“政府が支援する”すなわち“配る”メニューが並ぶことになります。なぜだろう、と真剣に考えました。どうしてまたこれまでと同じようなことを(しかもそれで良くならなかったことを)またやるんだろう。子育て支援も地方再生も大事なのは分かるけど、こんなに政府がいろんな名目で予算を付けて、これで本当に良くなるんだろうかと。

希望が絶望へと変わりながら議論を聞いているうちに、私はあることに気付きました。ここでは「税金を使わない地方再生策が素晴らしい」と考える人たちはいないのだという単純な事実、そんなのがうまくいって本当に地方に自立なんかされたら、この人たちはむしろ困るんだということに。政府による支援の恩恵にあずかる人たちの期待を受け、その取り分を差配している政治と行政にとっては、地方がかわいそうであればあるほど“予算を使っていろいろできる”余地が広がる地方に自立なんかされたら、自分たちのやることがなくなってしまう。ここが本当に私のうっかりしたところというか、14年半もいてやっと気付いたのかというか、政策というのは「予算と税を使って執行されるもの」なのだから、よく考えると「税金を使わない」などという施策は自分たちの出る幕がないから採用されるはずがない。内閣府の資料にかかると、紫波のオガールが取り上げられているものの、「官民連携事業の成功例」としてであって、最も大切な「補助金を使っていない」なんていう自分たちに都合が悪いというか、出る幕がないことがバレるようなことは一切書かれてないのも、そういうことなのかと、変に納得したのでした。

しかもこの人たちは、地方に自立なんかさせないように、巧妙に自立の芽を摘んでいるのではないか・・・との疑いさえ私は持ち始めました。私の目に映る世界はこうでした。

地方自治体:がんばりたいのは山々だけど、財政は依然きびしい。国の援助がなければやっていかれない、このままでは自分たちの自治体は消えてしまうかもしれない。我々はどうしたらいいでしょう。助けてください。お願いします!!

国(政治&行政):うんうんやっぱり地方は自分たちだけでは立ちいかないよね、お金も足りないよね。困ったね、じゃあまたいろいろ地方にお金が落ちるように、補助金を付けたり公共事業をやりましょうかね・・・(繰り返し)。

毎年毎年こういうことをやってきた結果、いまに至っているわけなのに、やっぱりまたsame oldな世界が展開されている。私がここへ来た14年前から変わらない世界。小泉さんが5年半、政府は余計なことをしないで民間の活力に任せて邪魔をしちゃいけないとあれだけ言っても、やっぱりそう簡単に意識は変わるものじゃない。でもこのままでは持たないということは、誰もが分かってるはずなのに。だったら紫波や真庭、長野県の下條村のような成功した地域にならってみんなで頑張ってみよう!!・・・となればいいのにならないのは、こうした地域は「一部の成功例」であって、みんなができるわけじゃないから・・・という方へ流されてしまうのです。たしかに成功しているところはすごい努力をしていて、その結果成功している。でもそれってどの世界でも当たり前のことじゃないですか。努力しない方が補助金がもらえるからいい、なんていう発想の地域が生き残れるはずがありません。逆にいえば、それだけ“不自然な”地方自治体があるということであり、努力というのは“お願い”することではなく、その予算獲得の努力をなぜ自分たちでなんとかする努力にしないんだろうと不思議でたまりません。

それにこうした地方支援策は、そもそも絶対行政がやるべきことなんだろうか。紫波のように民間が入ってやれば、補助金なんか最初からあてにせず、借りたお金もきちんと返して利益を出して自分で回していく努力をしている。最も素晴らしいのは、「みずから稼ぎ出す」というところです。従来の補助金行政では、人からむしり取ってきたお金を分配するだけで、稼ぎ出すという発想がありません。なのでさらに分配するためにはまたさらにむしり取らないといけなくて、これまで作ったインフラ維持のための負担に加えてさらなる税負担が永遠に続くだけという、本当に暗澹たる気分になる未来しか描けませんが、変なものを作らず自分たちで稼ぐ努力をすることで、逆に税収が入ってくる!!これ、誰か損をする人がいる話なんでしょうか?税金の分け前にあずかっていた人たち、差配している人たちが困る以外、誰も嫌がる理由はないと思います。できるだけコストを削って、採算が取れるようにやるというビジネスでは当たり前のことが、補助金が入ることによっておかしくなっている。みんながまったく頑張れないわけではなく、頑張れば何とかなる地域や、頑張っている地域があるんだから、それを標準にどうしてできないんだろう。こんなおかしな世界を維持するために「かわいそうだから」と安易に援助をするよりも、何もしない方が愛であると私は思います。

この自助自立路線は、もちろん簡単ではないし苦労は多いけど、いつもいつも「お願い」なんかして頭を下げて回らなくてもいいというのも、私はものすごくいいように感じるのです。雇用もなかなかなくて、いろんな実態も分かったうえで何も言えない地域のしがらみのなかであきらめている人たちに言いたい。未来の子どもたちのために、頑張ってみましょう!!自分たちで。できると信じて。何事も。何もしないうちは何も起こらないけど、何かし始めれば何らかの形になっていくものです。解決策やお金はどこかから降ってくるものではなくて、それぞれが一生懸命考えて、そしてできることを始めていけば、この国のかたちは良い方へ変わっていくと私は信じています。そう信じたからこそ、私は「これまで」の世界をあとにした。ドラクエVでは、ビアンカかフローラかという究極の選択を迫られる場面がありますが、「これまで」通りを選ぶのか、「これから」を自分たちで創造していく道を選ぶのか。それぞれのご判断ですが、みずからの力で切り開く未来のほうが、ずっと自由で楽しいと私は信じていますし、楽しい「これから」を創る努力を続けていきます!

これでドラクエシリーズは一応完結です。よかった無事終わって(笑)

2015.01.21

This must be an illusion

国家予算が“バラマキ”だけで成り立っているわけではありませんが、「世の中にはこんなにたくさんの補助金があるのか」といつもびっくりしてしまいます。「それはすばらしい!!ぜひもっとやるべきだ」というのではなく、だいたいが「なんでそんなことにそんなお金が付くの??」という驚きでしたが。

たとえばこの中小企業庁のサイトでは、いろんな種類の補助金や支援制度が紹介されていますが、これは「いかにわかりやすく、そして使ってもらいやすいように」ということを考えて作られた力作なのだとか。「いかに使いやすく」と書きましたが、誰が何を使うのか?というと、ここでは「中小企業の方々が(S)」「補助金を(O)」「使う(V)」です。つまり、全国には困っている経営者の方々がいる。その方々に、どれだけ政府がたくさん支援の手を差し伸べているかを分かりやすく説明し、そして十分お使いいただけるよう配慮したサイトである、ということです。「こんなにたくさんメニューをご用意しましたよ、さあどうぞどうぞお使い下さい」という政府に、世の中のどれくらいの人たちが「ああ助かる!ありがとう!」と言い、あるいはFacebookふうにいえば「いいね!」を押すのでしょうか。

行政が困っている人たちに支援の手を差し伸べるんだから、何もおかしくないじゃないかという人もいるでしょう。だけどそれって税金でやってる支援ですよね。融資とか投資じゃなくて。人からむしり取ったお金を集めて、困っている人たちがいるんだから分けてあげようという発想が私にはどうもすっきりこないのです。そんなに補助金を出さないと立ちゆかない企業が世の中にあふれているのかというと、よく耳にするのが「銀行が貸したいところは借りてくれないし、貸して欲しいと言ってくるところには貸したくない」。なぜか?ぜひ借りてほしいと思うような優良企業はそもそも資金繰りに困っていない。逆に「貸して欲しい」と思っているところは、もう経営的に行き詰まっているので貸したくない。本当に困っているのに貸してくれない銀行が悪いのか、それとも貸してもらえない企業の経営が悪いのか?どちらからも考えられると思いますが、これがもし1回かぎりで、そして急場を凌いだらお返ししますというのなら、それは支援してよかったと思えますが、しかし「毎年補助金をもらわないと倒れてしまうような会社」というのは、補助金がない状態ではやっていけない会社ということになり、それって市場経済に反しているのではと思うのです。ほとんどの納税者にとって、自然な状態=補助金がない状態なのだから、こういう自然に反したことを、しかも税金で延々とやり続けるというのはいったいどういうことなんだろうと前から疑問でした。

イルカの天草では、こんな話を聞きました。世界遺産に登録しようとの気運がある崎津教会から大江教会に行く途中の風景が、海に陽の光が輝いてとても美しかったので、「きれいですねえ」と何気なく口にすると、地元の人が「ここはむかし、埋め立てて淡水化する計画があったんですよ」と。「???何のためにですか??」「さあよくわからないんですが、なんでもその建設計画に予算が付いて、いろいろ用地買収とかでお金が入った人たちはいるらしいんですが、結局途中で計画が中止になって立ち消えになったんです」「こんな美しい風景が破壊されなくてよかったですね!!で、その補助金もらった方々はどうなったんですか」「急にお金が入ったから、そのお金で遊びに行ったりしてたようですが、一時的なものですからね。その後はだめになったそうです」「何もしなくてもきれいなのに、いったい何がしたかったんでしょうね。しかもそんな“あぶく銭”を得たばかりに、人生おかしくなった人までいて」「ほんとにね。でもなかなか雇用がないのは確かなんですけどね」・・・と、遊びに行った先で、取材しようと思ったわけではないのに聞いてしまったこの悲しい事例。だけどこれに似たような話は、きっと全国にも山のようにあるのだろうと思います。

永田町にやってくる人たちのほとんどは、国会見学の方々を別にすれば、なにかしらの目的を持って来る人は「お願い」をしに訪れている、と言えるのかもしれません。たとえば「この法律をこんなふうに変えてほしい」「こんな法律を新たに作ってほしい」など法の不備の是正を求める要望が、さまざまな思想や立場を反映した意見が届けられます。「それはひどい」と義憤にかられるような案件もあったり、「それはちょと行き過ぎでは」と感じるものもあったり、いずれにしても「世の中にはこんなふうに考える人たちがいるのか」と、物事は決して一面だけ見てはいけないし、また「一律対応」では多様な現実に対応するには限界があるなど勉強になるのですが、だけどあからさまな「お願い」、すなわち予算と税の“要望”だけは、どうしてもいつも嫌な気持ちになる。税金という大きなパイの分け前を取るために、しかも「“自分のところにだけは”お願いします」なんて、こんな身勝手なことを普通の世の中ではなかなかここまで厚かましく言えるものではないよなあと思うようなことも、なぜか予算分捕りになると人が変わるのか、あるいはもともとそんな人たちなのか、本当に自分の地域さえ、自分のとこの案件さえよければあとはどうでもいいとばかりの勢いで「お願い」に来る。それを「政権与党の賑わい」と感じてうれしい(!!)人たちもいれば、その何ともいえない欲のギラつき感に気圧されてぐったりしてしまう私のような人もいると思うのですが、世の中のほとんどの人たちにとって自然な状態=政府になにか「お願い」なんかしない(しようとも思わない)と考えれば、この世界だけが世の中とまったく別次元で動いているのではないかとさえ思います。あるいはここはディズニーランドのような“別世界”で、予算&税制改正要望アトラクション「我田引水」にみんな押し寄せていて、きっと誰もがディズニーマジックにかかってしまうように、園内ではついミッキーの帽子とか買ってしまって身に付けて喜んでいても、一歩外に出れば我に返るように、ここではあんなに無我夢中で「お願い」してるけど、帰りは「整備新幹線早期実現 ○○県」とか書いてある紙袋持って歩くのはちょっと恥ずかしい、と思ってるおられるかもしれない・・・ですし。確たることは言えませんが。

補助金などのお金は「もらう側」にしてみればうれしい話であっても、つまるところそのお金はどこからきているのかと考えれば、税金なんだから納税者が負担しているわけです。一時的には良くても、「もらった後」は悲惨な例というのもこれまた後を絶たない。なのになぜこんなことがいつまでも続けられてきたんだろう?税金なんてできるだけ取られずに、できるだけ使わずにいてくれた方がどんなにハッピーかと思うのに、なんで「どんどん使ってもらいたい」なんていう発想になるんだろう。しかもどんどん使うようにすすめておいて、そのあとのことまで親身になって考えてくれるわけでもなく、まして「使う」人たち以外のことなんか眼中にないのに・・・なのになんであんなに“配る”方も“もらう”方も罪悪感がないんだろう??等々、今日は久々に永田町に来たのですが、この“浮き世離れ感”というか、この“配る-もらう関係”の不思議な“一方通行感”を深く考える機会でありました。アレフガルドの闇はまことに深く、あまりのぞきこむとまたギアガの大穴に落ちてしまいそうなので、早めに退散することにします。

2015.01.20

人生はドラクエIV 導かれし者たち

2012年9月の自民党総裁選は、私には到底理解不可能な結果であり、あれから2年以上経ったいまなお、なぜ何の失点もなかった谷垣さんが総裁に再選どころか立候補すらできず、また地方票で圧倒した石破さんではなく、07年の参院選敗戦の責任もうやむやに突然辞めた人が“復権”しなければいけなかったのか、納得がいかないものでした。思想的にも、財政再建増税正教を信じ、消費税を増税して社会保障制度を安定的なものにすることは日本の将来にとって正しいのだ――と信じて頑張ってきたのに、トンビが油揚げをかっさらっていくように、政権の座を目の前にして、自民党下野に至る道を大きく開いた人物が再び総裁の座に就き、アベノミクスとかいう訳のわからない政策に舵を切っていくことが、私にはどうしても、感情的にも論理的にも理解できませんでした。

ようやく民主党が公約違反のオトシマエをつけるというか、総選挙に突入し、自民党は政権に返り咲いたものの、やっていることは私からするとおかしなことばかりでした。アベノミクスと称して、やたら株価を上げることに注力する一方、消費税を上げる代わりに“国土強靭化”の名の下に、再び昔懐かしい土建国家への道を進みはじめたかのように見えるバラマキを推進しているように見えました。もちろん消費税を上げる際に、その衝撃を緩和するためにさまざまな施策を講ずることを自民党は公約していました。私が甘ちゃんだったのか、それとも政官業一体ハロウィーン勢力がしたたかなのか、消費税分の増収を見込みながらも、民間から吸い上げる代わりに政府が景気刺激策として昔ながらのバラマキを始めるのを横目に見ながら、私は自分が推進してきた政策に疑問を持つようになりました。あれだけ増税分は社会保障にしか使わないと言っていたのに、これだけ訳の分からないバラマキも恥ずかしげもなくセットで行われるとは・・・嘘をついたとまで言わないまでも、この路線を信じて推進してきた私は相当国民をだましたことになるのではないか?消費税を上げるという、相当の負担を国民にお願いするという重い決断は、そんなバラマキをするためだったんだろうか?それにいくら社会保障のための恒久財源であっても、増税して日本経済がガタガタになるのなら、そもそもやらない方がいいのではないか?等々、疑問がふつふつと湧き上がってくる毎日でした。

もはやなぜ消費税を上げないといけないのか分からなくなった私は、いつまでも「経済は苦手だから」を言い訳にしてはいけないと思い、猛然と勉強を始めました。そのなかで、ぐっちーさんが手がけておられる岩手県紫波町のオガールプロジェクトの仕組みを知ることになりました。それまでは「ぐっちーさんが関わってる地方再生プロジェクト」「でもなんでまた岩手なんだろう」くらいの認識でした。だけどなんか面白そうだな、と直感的に思い興味を持っていたのですが、勉強してみるとそのプロジェクトの肝が「補助金を使わない」という、歴史的に画期的な素晴らしい事業であることが分かりました。補助金を使わずにできる地方再生プロジェクトがあるなんて!!!これは私にとっては文字通り、人生を変えるほどの衝撃でした。「増税するよりほかはない」と信じ込まされていた世界から、「そもそも税金を使わない」という世界がある!!そして実際にそれがうまく回っていることを知った私は、目からウロコどころか、天地がひっくり返るような価値観の大転換が起こり、このときにアレフガルドで暗黒の世界が当たり前だと思っていた私の魂に光が差しこんだ気がしました。「税金を使う」というのは、決して当たり前ではないのだと。何事も予算と税を使ってやるというのが前提である世界にいて、私がずっと疑問に思い、うしろめたさを感じていたことに、ついに納得のいく答えを見つけた感じでした。なによりうれしいのは、オガールが地域の人たちにとってハッピーなプロジェクトであるということでした。オガールは補助金なんか使ってないうえ、地域の人たちにとっていかに使いやすいか、役に立つかを考えて設計されている。人を幸せにすること、それが本来の政治の役割だと信じてきたのに、実際は一部の人たちが利益を独占するという、変な予算の使い方で迷惑ばっかりかけてきた。これこそが地域再生の、政治の本来のあるべき姿じゃないか、との確信を深めました。「いまのシステムを維持するためには、みんなで我慢して負担するしかないのだ」という洗脳、財政再建増税正教の教えにどっぷり浸かっていた私が、このときハッキリと目覚めたのです。「そんなのおかしいし、“それ以外ない”だなんて嘘だ」と。

さらに勉強をすすめるうちに、藻谷浩介さんが提唱しておられる里山資本主義という、これまた素敵な地方再生の取り組みがあることも知りました。自分たちの地域でこれまでは間伐材除去の費用がかかって放置していた木材を燃料として活用し、ついには地域のエネルギーを一部自給できるようになった。岡山県の一民間会社の取り組みが、自分たちのビジネスがうまくいくだけではなく、地域の幸せに貢献している。何より自分たちでエネルギーを自給できれば、輸入相手のよその国に依存するという、外部要因に振り回されるリスクが減る。なんて素晴らしい!!紫波のオガールの「稼ぐインフラ」と真庭の「里山資本主義」こそ、日本再生の処方箋だ!!!税金なんか使わなくっても、こんなに素晴らしいことができるなんて。私は本当にうれしくなりました。そんな世界があることを知らなかったなんて、なんて自分は狭い世界にいたんだろう。政府がやってることは、はっきり言ってこの民間の努力を邪魔をしているだけじゃないかと。

そんな感激と確信の一方で、自分が目にしている実態は、相変わらず「これまで」の延長線上にしか描けない未来でした。私の党での最後の仕事となる、地方再生のPTはこの確信を深める決定打となるものでした。Vに続きます。

2015.01.19

人生はドラクエIII そして伝説へ・・・

もうお忘れかもしれませんが(そういう私自身忘れてましたが)、5年半続いた小泉さんの後継を決める2006年の自民党総裁選では、「地方」が大きなテーマでした。いわく、小泉改革により傷んだ地方をどうするのか?と。地方が苦しんでいる、というのは別にいまに始まったことではなく、このときも主要な政策テーマであったというのも、地方再生が(現政権用語では「地方創生」ですが)古くて新しいというか、いつまでも古いというか、ずーーーーーっと同じような政策を続けてきて何の成果もあがらなかった証左であり、実際小泉改革のもうずっと前から地方財政は悪かったんだから、別に小泉さんのせいではないと思うけど・・・という疑問を当時もいまも私は持っているわけですが、とにかく次は“地方にやさしい”人を総裁に選ばないと翌年の参院選は自民党はボロボロに負ける、とかなんとか言われたわりには、地方だけではなく、誰に対しても本当に優しく誠実な谷垣さんが選ばれることはなかった、という総裁選でありました。

このとき私はあまりの話の面白さに麻生さんを応援したのですが、実は最も心に響いたのは谷垣さんのメッセージでした。当時の演説をいま読み返してみると、“絆”を掲げて、財務大臣として日本が抱える多額の債務をどう解決していくべきか、将来の社会保障の安定のために財務大臣として責任感を持って消費税は10%に上げる必要があるとはっきりおっしゃっています。国と国民が信頼の絆で結ばれなければいけない、そのためには政治家が誠実に国民に向き合い、本当のことを勇気を持って述べることが必要であるとか、日本は弱肉強食の社会ではなく、日本人なら誰もが持っているはずの世のため人のために少しでも尽くしたいという気持ちをうまく引き出していかないといけない等々、いま聞いても分かりやすくて、日本人の良さを信じてそれを大切にいかしていこうという姿勢は「保守本流」のおおらかさであり、またご本人も本当に温かく素晴らしい方なので、谷垣さんなら消費税を10%に上げてもきちんと社会保障のために使ってくれるんだろうな、と素直に信頼できます。国民に負担をお願いする政策は、知的にも人格的にも誠実な人がやらないと国民の納得は得られないと改めて思いますね。2006年の総裁選でのお話がとても心にのこっていたこともあり、野党ではあったものの、谷垣さんが総裁に選ばれたときはすごく嬉しかったし、思想的な違和感なく仕事に打ち込めたのは本当に幸せでした。谷垣総裁(&大島副総裁)のもとで一生懸命頑張った、笑いあり涙ありの野党時代の3年間は、私にとっては忘れることができない楽しい時間でありました。

個人的には大好きだったのですが1年しか続かず残念だった福田政権を経て、麻生政権の1年間は「野党になったらどうするか」という話を毎日のようにしていたので、野党を4年間やったような気が私はしているのですが、野党自民党は“財政再建増税正教”を正式な教義とし(→平成22年綱領)、あくまで政策的に、論理的に民主党政権を追い込んでいきました。前半は「財源の裏打ちのない政策は無責任だ」であり、後半は「消費税を“やらない”と言っていたのに“やる”というのは公約違反だ」と徹底的に追及して、政権奪還を目指すという戦略でした。これは結果的に成功しただけに、パワーゲームとしては美しいものの本当に功罪両方あると思うのですが、この財源論、すなわち消費増税実現へと持っていく過程において、予算の組み替えも思うようにできず、無駄削減でも思ったように財源がひねり出せなかった民主党政権の失敗だけでなく、この間に醸成されていった増税容認の“空気”というのはまことに恐ろしいものであったと、あとから振り返ると思うのです。当時はこの“財政再建増税正教”の真っただ中にいて、それこそ正しいと信じて民主党を追い込むのだと頑張っていたわけですが、「無駄の削減なんて民主党が言うほどできるもんじゃないんだ」「財源のない政策は無責任だ」という認識が徐々に世論に浸透し、社会保障を維持するために消費税を上げるのは仕方がないというふうに多くの人たちが考えるようになった。私みたいな「教え」を叩き込まれた人は別として、普通の人たちまでが“自然に”そんなふうに考えるようになるなんて、いったい何が起こったんだろうと。

自民党内であっても、そもそも増税なぞという有権者を敵にまわすような政策を賛成するような人たちは、ごく一部の人たち以外いませんでした。その「ごく一部の人たち」こそが、自由民主党税制調査会の「インナー」と呼ばれる“増税の神々”であるわけですが、この方々は誇りだけでなく、ご見識も遥か上空までそびえ立つ高さなので、うっかり見上げていたら首が痛くなってしまうような方々。そんな天空城のようなインナーメンバーの他に増税派って誰がいるんだろう?と見渡してみると、「いつのまにこの方が増税論者に?」と思ったのが参院の脇さんでした。選挙運動は業界団体まわりだけ、街頭演説などは一切しないけどいつも当選というバリバリの建設族なのに、たしか福田政権の頃だったと思うのですが、ある日国会質疑を聞いていて、消費税増税容認のご発言をされたのに少し驚いたのです。とはいえ建設族ですから、昔は「国債をガンガン発行してさらに公共事業を!!」と言っていればよかったのですが、もうそういう時代ではないということ、そして「バラマキにも財源が要る」ということにいち早く気付き、バラマキの財源として消費増税を推進という、財政再建目的では決してない、いわば新手の増税論者があらわれたというのが最初だったように思います。それから若手のなかから、与謝野政調会長時代に主催していた「財政改革研究会(財革研)」という勉強会があり、そこで与謝野シンパになった後藤田さんなんかは、「将来世代のために責任を持って消費税が必要だとハッキリ言うべきだ」と早いうちから主張されていました。これは「増税を言う人のほうが責任感があるように見える」という、のちに消費増税へと舵を切る菅政権に通じる“ファッション感覚の増税論者”な感がなくもなかったのですが、「増税を言う方がかっこいい」というのが党内に広がることもなかったし、“神々の世界”で深く静かに議論されていることであったことに変わりありませんでした。

んかどこまで続くのか不安になりつつあるこのシリーズですが・・・天空城が出てきましたし、IVへ続きます。

2015.01.17

The Nightmare Before Christmas (sort of)

Nightmarebeforechristmas_2

ティム・バートンの「ナイトメアー・ビフォー・クリスマス」はハロウィーンの時期になると必ず観たくなる映画ですが、年中ホラーというか、年中ハロウィーンな永田町みたいな映画だなあと前から思っていたのですが、主人公ジャックがクリスマスの国を恐怖に陥れた“プレゼント作戦”は、実は日本中に迷惑をかけているバラマキ公共事業予算に似ているんじゃないか、とも思えるのです。本人たちは「これがいいだろう」と思って、張り切って配っている。でもそんなものもらっても嬉しくないうえ、勝手にいろいろハコモノ施設を作られてみんな迷惑している。ジャックのように、「どうして僕からのプレゼントをみんな喜んでくれないんだろう?」と悩んでくれればまだいいのですが、年中ハロウィーンな人たちはその気配なくこれまできてしまい、さらにまだ性懲りもなく配ろうとしているような気がします。

ハロウィーンの国ではオバケやゲテモノがクールとされていますが、心優しいクリスマスの国ではそんな気持ちの悪い、毒々しいものが届いたら子どもたちだけでなく大人だって怖がるということにジャックは気が付かず、サンタさんのように“プレゼント”を配れば自分もみんなに好かれるのではないか?と考えて真似をしてみたけど、恐怖の絶叫に包まれて失敗に終わってしまう。そんなふうに人を恐怖に陥れるだけの自分の姿に疑問を感じて悩むジャックの姿は、ハロウィーンの国では自分はヒーローなのに、一歩違う世界に出れば自分の価値観はまったく通用しないことに気付くという苦いプロセスではあるのですが、「自分はいいと思ったのに、なぜうまくいかなかったんだろう?」と落ち込み、反省するジャックは極めて普通の感覚の持ち主でもあります。

ハロウィーンの国を出てもハロウィーンの国がずっと続いているかのように、同じように自分の価値観のみを他に押し付けて平気な人たちとはまったく違う、繊細な心の持ち主であるジャックは、最終的には「自分はハロウィーンの国のヒーローなんだ!!だから自分の国で自分らしくいて、輝いていればいいんだ!!」と気付いて元気を取り戻すのですが、人に嫌がられることはやめようと考える常識人でもあるといえる。日本国ハロウィーン村のような自民党でも、ジャックのように自分のやっていることがなぜ嫌がられているのかを真摯に反省し、嫌がられているならやめようと考える人たちはいなかったのでしょうか。まったくいなかったわけではないと思うのですが、そんな人たちはハロウィーンの国に紛れ込んだクリスマスの国の人のように思われてしまうのがオチというか、真善美が通用しない世界で、ジャックと同様、自分の価値観が否定されて悩むという事態が起こってしまうというのが歴史であったと言えるのかもしれません。

もちろん日本国にはジャックが配ったような黒いリボンに包まれた箱を喜ぶ人たちだっていたのでしょう。だけどそれ以外の人たちにとってそんなハロウィーン的自己満足な“ハコモノ”は、無機質なコンクリートの建物だったり、無駄に豪華な施設だったり、一部の人たちが潤ったけれども維持費は地域のご負担でねという、どこまでも悪魔的な“プレゼント”であったのだろうと思うのです。配っている側は「いいことしてやった」と慈善事業家のような気分になっているけど、その原資は税金なので、人からむしり取ったお金である特定の人たちだけを一時的に潤してはまた同じようなことを繰り返す・・・そしてその負担は善良な人たちに付け回しという、これを偽善と呼ばずして、悪魔的と呼ばずして何と言うのかというこの“自民党システム”は、やっぱりますますハロウィーンだと感じずにはいられません。

日本全体をみれば、そんなハロウィーンの結果として困っている地域は山ほどあると思います。どうせなら、美しくて、見ていて心が優しくなるような箱をプレゼントすれば喜ばれたかもしれないのに。嫌がっているのが分からなかったのか、嫌だとはっきり言わなかったからなのか、どちらにしてもこれまではハロウィーン的価値観が席巻し、それはそれで一時的には良かったのかもしれませんが、持続可能なものではなかったし、何より多くの人たちがまじめに働いて納めた税金が一部の人たちだけの儲けに回っていたという不公平なものであった。もし日本国に住まう人たちの多くがクリスマス的価値観を持っているのなら、こんどハロウィーンがきたら「ギャー」と叫んで「そんなもんいらん!!」と突き返さないといけないし、もしサンタさんにお願いする場合には「これこれこういうものが必要なので、これをください」ときちんとお手紙を書かないといけません。そして自分が望んで、もらったものは大切に使っていく責任があり、プレゼントがちゃんと役に立ったかサンタさんに説明できるようにしなければいけません。サンタさんにお願いしたものの原資が税金であるかぎりは。でもサンタさんから何かをもらわなくても、自分たちでちゃんとやっていけるようになればいちばんいいのではないでしょうか。

ドラクエの続きを書くつもりだったのに、地方創生の「地方版総合戦略」の策定ってどういうことなんだろうと考えていたら、季節外れのこんな話になってしまいました。まあ常夏ならぬ“常ハロウィーン”みたいなところだから、時期は関係ないか。

2015.01.16

人生はドラクエII 増税の神々

2000年4月1日、小渕総理が倒れるというニュースで始まった私の永田町キャリアは、波瀾万丈の幕開けでした。

思い返せば当時の日本の“空気”というのは、好景気のアメリカで2年半過ごして帰国した私にとってはかなり異様というか、ものすごい閉塞感に覆われていました。国の借金は600兆を超えている。それなのに政府は相変わらず公共事業バラマキをやっていて、こんなことやって経済が良くなるはずがない。もうこんな政官業癒着政治はいい加減にしてほしい――この切実な危機感と怒りが沸点に達したのと同時にあらわれた小泉純一郎総理が掲げる“自民党をぶっ壊す”改革に、国民の期待は支持率90%というかたちでもってあらわれた。支持率9割というのもこれもまた異様ですが、当時の雰囲気は“とにかくこの現状を打開してほしい”という強い願いが熱狂的な支持となり、小泉さんの登場を後押ししたという感じでした。とにかくあの当時は、有権者の間の「なんとかしてほしい」という切迫感と危機感は相当なものだと感じました。あの空気感を思い出しても、さらに状況が悪くなっている15年後の現在、なんでみんな怒らないのかな、と不思議でなりません。

本部に入ったその日に幹事長としてごあいさつ申し上げた方がその3日後くらいには総理になっていた、という森喜朗総理時代は、支持率9%という低支持率を記録したほど国民からは不人気で、それは森総理個人のせいだけではなく、ずっと続いていた自民党政治の継続に国民はほとほと嫌気が差していたということが大きく、自民党は冗談ではなくこの世の終わりのような暗い雰囲気に包まれていました。もうこの党に未来はない、早く次の就職先を探したほうがいいよ、ということを真顔で言われた時期だったのです。まだ日本の政界にも慣れていなかったし、プラスかなり深刻な“リバースカルチャーショック”に苦しんでいた私は、なんだかよく分からないまま「加藤の乱」が鎮圧されるのも、9%の支持率でまったく盛り上がらないのに盛大に武道館で行われた党大会を、「いったいこの先日本はどうなるんだろう」という不安な気持ちで眺めていました。

そうこうしているうちに、森総理の後継を決める総裁選が行われました。2001年4月の総裁選は、現行と違って国会議員の投票の数日前に地方票の結果が公表されるというシステムでした。結果は小泉候補の圧勝。文字通り、日本全国を完全にsweep してしまった結果にほとんどの国会議員は度肝を抜かれ、このある特定の“有権者”ではあるもののこの“民意”を受けて、自民党はlast hopeとして小泉純一郎という人を総理総裁に選んだ。このときの熱狂は本当にいま思い返してもゾクゾクするほどです。「これまで続いてきたこの自民党政治が変わり、日本が変わるのではないか」という期待があった。暗く閉塞感に覆われていた日本を、小泉さんが絶叫する“改革”を推進して、なんとか良い日本にしてほしいという有権者の願いが希望に変わったときであったように思います。

このときに、あとでさんざん「小泉改革のせいで悪くなった」と言い募る“地方の声”は、実は小泉さんをみずから選び、国会議員票の行方を決したほどの流れを作った人たちでした。目先の統一地方選と参院選で勝ちたかったからという動機であっても、自分たちで選んでおいたのに、あとから文句を言ってもね、という鼻白む感じはいまもありますが、その“地方”が、自助自立を大切にする小泉政権を「地方に冷たい」と非難するのを、私は不思議な気持ちで見つめていました。この人たちはいったい何を言ってるんだろう?これまであれだけ税金を突っ込まれても良くならなかったんだから、いつまでも補助金頼みではなく、なんでなにかもっと別な方法を考えようとしないんだろう?と。“可哀想な地方”は、国からの“お恵み”たる補助がなくなれば生きていくことができない――とばかりに国に依り頼む彼らの言い分は、確かにこれまではそうだったのかもしれないけど、もうそういう公共事業なんかでの地方へのバラマキはやめてほしいと国民も望んでいるし、国の財政もそんな余力はもうないのだということが分かっていながら、自ら変わる努力よりも現状維持を頑なに望む姿に映り、「国がなんとかしてくれ」が「自分たちでなんとかしよう」という発想にどうして変わらないんだろう、と私はとても冷ややかに見つめていました。この気持ちはいまも変わっていないどころか、小泉政権の後いつのまにやら元に戻ってしまった「なんとかしてほしい」というこの“お願い文化”に対する嫌悪感は、「地方創生」を掲げてアベノミクスを地方に浸透させたように見せかける予算案を見ても、ますます募る一方というのが正直なところです。

私が感じるこの“地方”、あるいは“業界団体”に代表されるこの永田町の“お願い文化”というのは、もうそろそろいいかげんにやめたらどうかと心の底から思います。地方が中央へ、団体が政府へ“陳情”を行い、自分たちのところへ予算付けや税制改正を要望する。それを政治家が関係省庁へとへ取次ぎ、役人が案として上げて予算案や税制改正で要望が通ればその人は「政治力がある」となり、通らなくても「とりあえず言っておいたから」といずれにしても地元や業界へ恩を売りという、この選挙協力でギブアンドテイクとするという、この延々と続いてきた芝居がかった政官業の税金回し合い/依存の関係、これをなんとかしてほしいという思いは、2000年当時の日本であれほどみんなが望んで小泉さんが登場したんだということが忘れられてしまったのかなと不思議でなりません。

小泉さんは在任期間5年半のあいだ、最後まで消費税増税を認めませんでした。日本の財政を考えれば消費増税は避けられないと内心思っておられたと思いますが、しかしまだまだ削らないといけない無駄があると言って、際限ない予算の拡大に釘を刺し続けた。財政再建派からは、人気のある小泉さんのときになんで消費増税を決めておかなかったのかという恨みめいた声が出るのを何度も聞きましたが、そんな“おいしい”恒久財源なんかをいったん得たら、歳出削減努力よりも政治と行政、そしてそれらと一体となっている業界団体からの歳出拡大圧力が勝つに決まっているというのを、小泉さんは嫌というほど分かっておられたのだろうと思います。消費税をめぐるお話は、小泉政権の最後の3年間の財務大臣が谷垣さんであったこと、野党自民党が民主党をも巻き込んだパワーゲームに続く戦い、そしてまさかの第二次安倍政権発足の流れのなかで、財政再建増税正教の「教え」を受けた私が、小泉改革を支持した「さくら」の本来の姿、改革スピリットを思い出すことになるプロセスと重なるので、それは次回お話したいと思います。

2015.01.14

人生はドラクエ

「溜池通信」でご紹介してくださったおかげで(かんべえ師匠、ありがとうございます^^)、多くの方が訪れてくださり、また「さくら」を覚えていてくださってありがとうございます!人生は“チョコレートの箱のようなもの”(→フォレスト・ガンプのママ)な側面もあるものの、やはり「人生はドラクエ」であり、人生のほとんどのことはドラクエで説明がつくと思っている「さくら」改め「あい」は、スターウォーズじゃなくてドラクエにちなめばよかったかな、と思いつつ、スタートさせたばかりの「あたらしい冒険の書」をがんばってすすめているところです。「永田町というダンジョンの中であいちゃんが冒険をしているのを見ている気分になる」というドラクエをやったことはない友人のように、“勇者あい”の冒険を引き続き見守っていただければ幸いです。よろしくお願いいたします!

ドラクエで何より大切なのは、まず町や村の人たちに話を聞くこと。いろんな情報を教えてもらうには、やはり出かけていって人に話を聞かなければいけません。そこで「東には行ってみたかい?」とか「西の洞窟には伝説の宝物があるらしいよ」などの有益な助言を受け、強い魔物たちと十分戦えるだけの経験値を積み、装備を整えて洞窟攻略に臨む。丁寧に人の話を聞き、目標達成のため地道に経験値を積むという、この「レベルアップのプロセス」なくして次へは行けないのは、人生そのものだと思うのです。とはいえ今回の冒険は、ダーマの神殿で「転職」してレベル1に戻ってスタートしなおしたので、前職の経験値を持って始めているわけです。まっさらなところからではなく、少しは世界を見て歩いていたり、また覚えた呪文がそのまま使えたりできるのですが、より強くなって次に進むために、良い武器や防具をそろえつつ、地道に経験値を積み上げる=書いていく毎日、という感じです。盗賊や遊び人になって身を持ち崩したりして、せっかく転職を認めてくれたダーマの神官をがっかりさせたくありませんしね(IIIで魔法使いから転職させた盗賊はかなり優秀でしたが)。

転職前のことを少しお話すると、「さくら」後の私は、陽の当たる表の世界から闇に包まれたアレフガルドの地下の世界へ・・・というか、“財政再建増税正教”の総本山みたいなところで経験値を積んでおりました。良い仲間にも恵まれ、違うスキルを身につけてぐんぐんレベルアップできた時期ではあるのですが、なんか毎日ラスボスと戦っているようなもので、疲弊しきっていたのは確かです。でもやっぱり強い敵と戦わないとレベルは上がらないので、ほんとに修行の日々でした。何回「痛恨の一撃」を受けて、画面が赤になったか分かりません。本当に強くなったなと思う瞬間は、“凍てつく波動”で仲間にかけてもらっていたスクルト(守備力がアップする呪文)が無効になった状態で、痛恨の一撃を受けてもなお耐え凌げた、というときだと思うのですが、画面は黄色になっているものの、よかったまだ生きてる!!!というある種の感慨を覚えます。

ともあれそこでの「教え」はこうでした。財政健全化は絶対にやらなければならないが、民主党が言うように予算の無駄もそんなに削れるものじゃない。しかしこれからの日本財政、特に年1兆ペースで増え続ける社会保障制度を維持するにはどうすればいいのか?つらいけれども、みんなに負担をお願いして、消費税を増税して賄っていくしかない――この「教え」を私は心底信じて、日本の将来のためにも、消費税を引き上げるしかないのだと思っていました。このときこそまさに「この道しかない」と思ってましたですね。しかしこの増税路線を信じて進んではいたものの、いつの間にか現れた上げ潮もどきのアベノミクスとやらに取って代わられると、いろいろなことが疑問に感じ始め、ある日ふと、ある疑念が心をよぎったのです。「本当に消費税って上げないといけないんだろうか?」疑念は日に日に強まり、アベノミクスとやらにより景気が良くなっているかのように言われているけど、本当に日本経済は良くなっているんだろうか?少しずつ自分で勉強し始めるうち、8%に上げることが決定されたときには、増税が本当に国民にとって幸せな道なのだという確信が持てなくなっている自分がいました。

昨年モンサンミッシェルを旅したとき、「ここ、ドラクエ5で捕まって奴隷になってたとこに似てる!!」と思わず叫んでしまったのですが、なんか総本山での教えもそうだったのではないかとしみじみ思いました。閉じた世界のなかにいて、日々の労務をこなしているうちに、“自分で考える力”を奪われていたんじゃないか。そうするよりほかはないんだからみんなで我慢するしかない、と思い込まされていただけだったんじゃないか、と。確かに前より強くなった自分がいる。だけどよく考えると「これしかない」というのは最も嫌っていた“思考停止”ではないか?そう気付いたとき、何事もロジカルに考え、「本当にこれでいいのか」と問う「さくら」が戻ってきたのでした。

…to be continued!

2015.01.13

Homeland

先月訪れたパリで痛ましい事件が起き、大規模なデモ行進がフランス全土で行われたというニュースに、ああこのときに居合わせたらパリの雰囲気が体感できたのにな・・・と思いながら、「Homeland」 addictedな私「あい」としては、いろいろ考えこんでいるところです。

そもそも「テロ」とは、文字通り“恐怖”を引き起こすことにより自分たちの主張どおりに世の中を従わせようとする暴力行為で、「敵」を倒すために敵陣に乗り込み倒しにいくのではなく、無辜の人たちを巻き込んで犠牲にすることで、自らの要求を飲ませようというところが卑劣極まりない。またいつどこで、誰がなぜどのように起こすのか分からないというテロの性質上、24時間全世界で起こりうるということから、未然に防ぐために、根絶するために「テロとの戦い」に従事しておられる方々の果てしない努力には本当に心から敬意を払いたいと思います。「Homeland」というドラマは、まさにこの「テロとの戦い」を描いたもの。私はこのドラマにいたく衝撃と感銘を受け、シーズン1はもう何回観たか分かりません。シーズン3まで続いたイラクから帰還したPOW・ブローディをめぐる物語の結末はショックでしたが、舞台がパキスタンに移ったシーズン4はさらに深く考えさせられています。いったいこの「テロとの戦い」って何なんだろう?どうして誰も幸せになれないんだろう?(ほんとにこのドラマで幸せな人は一人も出てきません)復讐や「掃討」で、この憎しみの連鎖は終わる日がくるんだろうか?そもそもなんでみんなこんなことをやっているんだろう??等々、考えれば考えるほど、簡単に「正義」だとか「自由を守る」だとか、そういうことが口に出せなくなってしまうのです。

実は私のなりたかった職業のひとつがintelligence officerだったので、永田町で働いているときはいつrecruitの声がかかるかと楽しみに待っていたのに全然こなかったのを残念に思ったりしたものですが、このドラマを観ているとならなくてよかったというか、絶対無理だと思います。そもそもなんでもすぐ顔に出てしまうような人材を各国情報機関がスカウトに来るはずないのですが、国家の安全のために戦うアメリカ側も、信ずるもののためにそうなってしまったテロリストも、みんな何かを「犠牲」にして何かを得ようとして、そして何かを得るどころか、命が失われてばかりいる。冷酷非情の仕事の鬼だったキャリーが、シーズン4では守るべき命の価値観にある意味大転換が起き、“no more dying”と言ったひとことに、このドラマを作っている人たちの思いのすべてなのかもしれないと思っています。

テロリストの論理も行動も私の理解を超えていますが、このドラマを観ていると、テロリストも感情がある人間であり、彼らの言い分がある。たとえそれが無茶苦茶であっても、だけど彼らの憎しみはどこから来るのかということは考えるべきだと思うし、とにかくどういう理由であれ「幸せでない」ということだけは確かなのだと思う。そう考えて周りを見渡せば、命までは狙わないまでも、周りの人たちに嫌な思いをさせたり、「自分に逆らうとひどい目に遭うぞ」と圧力をかけているのだって、テロリストと同じ行動原理であると思います。恐怖で人を支配しようとする、そういう暴力行為は世界中にあるのであって、アンハッピーな状態であれば誰の心にも起こりうるのだと思います。

捕虜になって9年間痛めつけられたブローディが、もちろん敵の策謀とはいえ優しくされて自分を取り戻したところに、自分が大切に思う子どもを爆撃で失い、その復讐心から敵に寝返ったことで海兵隊の誇りを失った弱いやつだと言えるでしょうか。極限の状況にあって、テロリストになりかけた彼を誰が責められるのか。そしてまた復讐を遂げようとするきっかけもまた、彼の正義感であったことには変わりない・・・等々、とにかくすべての登場人物にそれぞれの立場があり、感情があり、事情があり、それが複雑に絡み合いながら、みんなそれぞれの「正義」を全うしようとしていえる。だけど結局、誰も幸せになれないし、誰の幸せにも、世界の平和にもつながっていない。世界情勢をものすごくリアルに映し出しているので、全世界の人たちがこれを見たら、かなりの人たちがアホらしくなって争いをやめるんじゃないかと思いたいです。

とにかく「違い」をお互いに認めたうえで、お互いの存在を尊重し合うということは、いくら自由な社会であってもなかなか難しいことであり、スターウォーズでも暗黒面に堕ちていくジェダイの戦士がいるように、ドラクエ9で世界を救うために降りてきた天使が人間に裏切られ、300年もの長い間囚われているあいだに憎悪の鬼になってしまった。しかし最後に彼の魂を救ったのは愛だった・・・というところに、「あい」としては希望を置き、また現実の世界でもそうであると信じたいところです。“絶望と憎悪の魔宮”という名のとおり、絶望が憎しみを引き起こしているのだとしたら、テロの根絶とはこの世の絶望と憎悪の根絶であるのだろう、と思うのです。

Homelandはシーズン5に続くようですが、キャリーの愛の深化がどんなふうに仕事に影響を与え、また安全保障の世界を変えていくのか、まだまだ私のaddictionは続きそうです。

2015.01.12

イルカの如く

Photo_5こちらは昨秋行ってきた天草のイルカさんたち。(撮影:めーちゃん)

なんとイルカに会える確率98%という、素晴らしい天草のドルフィンクルーズ!!・・・といっても、地元の漁師さんたちがやっておられて、漁船に乗せられてという結構ワイルドな“クルーズ”だったのですが、はじめて近くで見るイルカさんに大興奮happy01ちゃんとイルカさんたちは分かっていて、最初にまず小学生が乗っている船のそばにあらわれて、それから他の船のところにも近づいてきてくれました。

天草では、漁師さんもイルカさんもずっと共存してきて、そしてそれがあまりにも当たり前だったけど、10年ほど前に「海でイルカに会える」ということの価値に気付いてこのドルフィンクルーズがはじまったのだとか。最近はいろんなところで紹介されて、東京からのお客さんも増えたとのことですが、なんといっても遭遇率98%ですし、海で暮らすイルカさんたちの美しい姿に出会うと、本当になんともいえない幸せな気持ちになりますし、都会で疲れた心の洗濯にもおすすめです。

イルカといえば、クジラだけでもあれなのに、静岡のイルカ漁が世界に(というか緑の豆や海の猛犬方面に)バレて、“くじら外交”ではかなり戦ってきた私も、ああイルカを食べてるなんて、絶対にこれはどんな申し分も言い訳も立たない・・・と思っていたのですが、この天草ではイルカがいるとサメが来ないし、「網にかかって漁の邪魔」と排除するのではなく、イルカのエサ場としてもも絶好な海なので、双方の利害が一致したかたちで素晴らしい共存関係にあり、そしてイルカさんたちも人間たちが見に来ているのを分かっていて、気軽に姿をあらわしてくれている。この平和かつ美しい事実を、もっと世界に発信してもいいのではとひそかに思っています。

ちょうど赤ちゃんが産まれた時期で、私たちは幸運にも赤ちゃんイルカにも会うことができました。ちゃんと親子3人で、波のあいだを泳いでいるイルカさんたちを見つめていると、心が温かくなりました。こうなると、「イルカと一緒に泳いでみたい」と思いますでしょう?もちろん私もそう思い、聞いてみました。「もしかしてイルカと一緒に泳げますか?」と。そしたら「外海で流されるので、無理です」とあっけなく断られましたが。ええ、海は自然ですから、危険なところでもあるのですよね。クルーズは一年中やっているとのことですが、やはり春から夏にかけてがいちばんいい時期だそうです。天草は本当にのんびりしたいいところで、イルカさんに会いにまた行きたい!!!と思っています♪

ちなみにイルカさんたちが泳ぎながら時々「ジャンプ」するのは、あれは「遊び」なんだそうです。まっすぐ泳いでいくのがいちばん早いけど、早く着くのが目的ではなく、遊びながら泳いでいく。船の下をくぐって、ジャンプ!というのも、何回も見せてくれました。ガイドさんによると、波が高いときほど、台風のときなんか特に喜んでジャンプしているらしいです。船に弱い私は、酔い止めを飲んではいたものの、船が大きく揺れるたびに半泣きで身体がこわばっていたのですが、開き直ってというか思い切って揺れに身体をまかせてみたら、これが意外なほどの心地よさに変わり、ああ揺れに抵抗しようとするから余計に怖かったんだ・・・と気付きました。クルーズ後半は、立ち上がってみずから船の前方に進出し(ほんとは良く見える前方の席をすすめられたけど、船酔いするので揺れの少ない後方に乗せてもらっていた)、ちょっとした“海の女”気取りだったくらいです。船が出てしばらくはあんなに絶叫して、船を操縦している本物の“海の男”に笑われてたのにね。

荒波ほど楽しんで、遊びながらすすんでいく。イルカさんたちに教えてもらった、すてきな人生の楽しみ方でした。

2015.01.10

やさしくありたい。

今週のAERAは小山薫堂特別編集長の「やさしくなりたい。」という特集で、くまモンと子どもたちの写真に和まされる一方、「やさしさ」をこんなに大々的にクローズアップしなければいけないのは「やさしさ」を失った世相の反映なのかと思いつつ、こういうふうに改めて「やさしさ」とは何だろう?とバーンと突きつけられると、「やさしさ」の持つさりげない、ほんとうに心にふれたときの柔らかい温もりがコントラストとして浮き上がってくる感じがします。

「やさしさ」といえば、この世にこれ以上やさしいマンガはないと思っている『3月のライオン』。すべての登場人物の心模様が繊細に、それぞれの傷ついた心を大事に大事に包み込むように描かれている。羽海野チカさんという方は、どうしてこんなにもやさしい世界を描くことができるんだろうと圧倒されながら読んでいます。最新刊の帯に「前進の第10巻」とあるように、零ちゃんやひなちゃん、みんなの「これまで」の歩みのうえにいまの穏やかな幸せがあるというのに安心しつつも、それでもこの世からなくならない人の悪意やずるさはやはりあって憤ったりするのですが、ただ美しいだけでなくそんな醜い人間の側面も否定せずに、あくまでもすべてに優しい視線を注いでいるところが、「ライオン」の最大の魅力なのだと改めて感じます。

く「永田町は人間社会の縮図」と言われますが、良くも悪くも際立ったというかキョウレツな個性を持つ“creatures”が集っている場所なので、凝縮された人間の業というのか、そういうものを目にする機会が他よりも多いと思うのですが、それだけに「ものすごく美しい」ものと「ものすごく醜悪なもの」の間のギャップは天地といわず銀河間くらいの開きがあるほど、人間の素晴らしさも恐ろしさも体験したように思います。それだけに、この「やさしい」マンガを自分の経験と重ねながら読んでいると、普段はすっかり忘れてたけど心の奥にしまい込まれた古傷にふれて、はらはらと、あるいはボロボロと涙がこぼれてしまう。だけどそこに描かれている、人のこのうえない純粋なやさしさがまたその傷をそっと癒してくれて、ああ自分もいつもこうありたいと願うのですが、なかなかいつもそういうふうにはいかなくて、まだまだ修行が足りない。なので「やさしくなりたい」というよりも、私は「やさしくありたい」という感じかな。「なる」というと、やっぱり“努力して”なるという感じで、本当のやさしさが持つ「さりげなさ」を壊してしまうような気がして。

「やさしさ」に不可欠なのは、他人の気持ちや状況を慮ろうとする想像力だと思いますが、このライオン10巻で出てくる熱血先生のセリフ

「他人の気持ちを考える」人間が「何も考えてない人間」に勝てるわけがない!!空気なんか読んでたらボロボロにされるだけだ!!」

は、弱肉強食のジャングル社会では本当にそうだと思う。あっという間に餌食にされるというか、やさしい人ほど損をしてしまうという、理不尽な状況がまかり通っている状況というのは、たぶん日本中だけでなく、世界中あちこちで起こっているのだろうと思います。悲しいことですが。

ちょっとしたやさしさなら、誰に対してもという意味では、少しの想像力や思いやりでできるものですが、本当にやさしくあるためには、やはり相手のことをよく、しかもずっと見ていないとなかなかできないように思います。なので本当に心をかける大事な人たちというのは限られてしまうのですが、相手のことを心配していると、相手の気持ちにいろいろ思いをめぐらして、「何かもっと私にできることがあるのではないか」とか「あのときあんなことを言ったりしたりしていたのは、何か理由があるのではないか」などと考えて、「何かしよう」としすぎてしまって空回りしてしまうことがあったり、気持ちを深読みしすぎて大したことのないことを大げさに捉えて悩むこともある。それを「ライオン」では「(相手の)気持ちを探し続けて飲み込まれてしまう」と表現されていて、ほんとにこのスパイラルに入ると渦巻き状態というか、そういう「考えすぎたやさしさ」はありがた迷惑になったり、余計なお世話になったりするので、相手の気持ちや状況を考えすぎても考えすぎなくてもいけないし、本当にこの塩梅は難しいです。考えて動かないといけないけど、考えすぎても動けなくなってしまいますし。そしてこんなこと書いてるとますます渦巻き状態になってしまうのですが・・・動けなくなるほど考えちゃいけないですね。(ああ難しい!!!)

何もできないのがつらいこともありますが、「何もしない」ことがやさしさであることもある。先日観ていたドラマで、“I stop worrying about you, but that doesn’t mean I don’t care about you.”というセリフがあって、アメリカ人はそれも言葉に出して伝えるけど、日本人はこれは言わないことの方が多いんじゃないかなあと思ったりしました(もちろんどちらも「やさしさ」であって、どちらもぐっときます)。何もしなくても、何も言わなくてもその人のことをいつもそっと見守って、無事であることを願う。面と向かってそんな素振りはまったく見せないのに、「あの人、実はあなたのことをすごく心配してたよ」と伝え聞いて、そのやさしさに涙したこともあります。ほんとは全部分かってるけど、だけど何も言わないでいる、というのも泣けます。小山さんの考える「究極のやさしさ」のように、「“本人の自然治癒力”みたいなものを引き出すきっかけをつくること。過剰にこれ見よがしにではなく、そっと」というような、こういうやさしさはやはり上級レベルというか、これに気付けるようになってからは確実に人生の深みが増したように思いますし、このやさしさをナチュラルに実践できるようなレベルに早く持っていかなければ・・・と焦りを覚えます。

「本当にやさしい人」とは、私の知るかぎり共通しているのは「人の幸せを願える心の持ち主」であるということかな。本来の私はそんなにやさしいわけでもなく、むしろわがままな方だと思う。だけどこれまで多くの方々から沢山のやさしさを受けてきたからこそ、いまの私があるのであって(感謝&涙)。おかげで「やさしさ」サンプルの数は私のなかに山のように蓄積されておりますし、この先一生かけて、どこまでの「やさしさ」境地にたどり着けるかわからないけど、これまで人から頂いたやさしさの分、人にやさしくありたいし、人を幸せにできるよう努力していかなければ!!でもあくまでやさしさは「さりげなく」だからね、ということを心しつつ。

2015.01.09

国会議事堂

Photo_2雪の金閣寺は美しい、と人はよく言うけれど、寒いのは苦手なので、できれば降ってほしくないのですが、雪の国会議事堂もなかなかだと思います。

雪が降っても降らなくても国会議事堂という建物は大好きです。あまりの愛しさに、思わず頬ずりしたいくらい(さすがに怪しまれるので実際やったことはありませんが)。時々頼まれて、友人知人を国会見学ツアーにご案内したりしていましたが、いつも自分がうろちょろしている「日常」が他の人にとっては「非日常」な場であるというのを再確認したり、いろんな質問に答えたりしながら、国会というのは決して「そのへんにある建物」なのではなく、威風堂々たるその姿は、すなわち議会制民主主義の歴史の重みでもあるのだ・・・ということを肝に銘じる機会でもありました。

建築物としての美しさもさることながら、この威厳ある建物にはたくさんの思い出があります。いやなことがあったり、政治に絶望したりしそうになるときに、よく院内(国会議事堂内)をてくてく歩いては気分転換を図ったものでした。どんな思いでこの建物を先人はつくったのかなとか、戦前から戦後までのいろんなドラマがここであったんだなあと考えると、自分の悩みなんかちっぽけに思えて、落ち込んだ気持ちが持ち直したことも数知れず。いろいろつらいことがあって涙が止まらないとき、あまり人目につかない場所でよく泣いたりしましたが、そんなときにも議事堂は温かく包み込んで守ってくれました。

4Fの国会図書館分館では、ふらりと立ち寄ると、ちょうどそのときの自分に必要な本にめぐりあったり。こういう偶然というかセレンディピティのことを、「図書館の天使」が助けてくれるのよね、という言い方をアメリカの大学の先生がしていたのですが、あの図書館の天使は本当に親切でした。数々の権力闘争が行われてきた舞台なので、いろんな思いを残したオバケとかがもしかしたらいっぱいいるのかもしれませんが、単なる権力欲からの執念とかではなく、この国が良くなるようにとの思いで見守ってくれている存在もいっぱいいるのだと思います。

階段から転げ落ちたのに、あまり大した怪我にならなかったという不思議な経験もしました。あとから人に話すと、「よくそんなくらいで済んだね」「打ちどころが悪かったら、ほんと危なかったよ!!」と言われるのですが、10段くらい、文字通り転げ落ちてしまったのです。ぼんやりしていた私が悪いのですが、バランスを崩してふわっと体が浮いて、手に持っていたスマホが飛んでいくのも、資料とバッグが下に落ちていくのも、このときはスローモーションではっきりと見えました。左の脚を強打して猛烈に痛かったのですが、幸い骨折もせず、数か所の打撲で済んだのは奇跡でした。頭や首を打ってもおかしくなかったし、ヒールも脱げて、ものすごくみっともない姿だったのですが、誰にも見られることなく大けがもなく済んだのは、赤絨毯が衝撃を和らげてくれたおかげだけではなく、「議事堂の天使」たちが落ちる瞬間に抱きとめてくれていたんだ、と今でも信じています。

国会見学では、案内役の衛視さんや秘書さんたちがそれぞれ持ちネタの“国会トリビア”を披露されていますが、私がいちばん気に入っているのは、気骨ある国会職員のエピソード。戦争末期、国民所有の貴金属は召し上げられ、さらには「首相官邸」という表の看板も没収というか国に差し出されてしまったときに、ゴージャスな議事堂は当然軍部に目を付けられ、院内にも取り立てに来た。そのとき対応した職員は、「あなたはこの戦争に勝つと思っているのか?」とたずねた。軍人が「もちろんだ」と答えると、「では戦争に勝って、条約を結ぶ場所はどこになる?この議事堂がふさわしいだろう。そのときに、何の飾りもない建物になっているのは具合が悪いだろう」と言われると、軍部は何も言えなかったという。少し持っていかれたものもあるらしいのですが、建設当時のままほぼ残っているのは、こういう気骨ある人がいたからなんだよ、と先輩に教えてもらって感動して以来、いつも必ず皆さんにご紹介していました。

有名な斎藤隆夫の「反軍演説」だけでなく、あの戦時中であっても静かに抵抗していた人たちは院内にも、また市井にも確かにいたんですよね。よく日本人は空気に流されやすい国民性だと言われますが、あの全体主義の渦中であっても、反骨精神を持つ人たちも日本人のなかに確かに存在していた。そしてまたいまの時代にも必ずいるのだということに、心ある人たちがいるということに、私は希望を持ちたいと思っています。

2015.01.08

すべてのことは。。。

先の総選挙では、選挙をやっていた人たちは「有権者の反応が薄いというか、冷淡だった」と言っていて、数字ほどの“大勝感”はまったくなくて、当選後のあいさつ回りも大変だ・・・等々のボヤキも聞こえてきますが、「大義がない」といわれるとおり、説明のつかないことを説明しないといけないのはすごく疲れるだろうな、とご同情申し上げます。

広報の仕事をやっていたときは特にですが、「もしかして自分は間違っているんじゃないか」という、ほとんど恐怖に近い気持ちが常にありました。事実関係が間違ってるんじゃないか、というのはただの自分の勉強不足によるミスの「心配」であり、仮に間違っていたら最悪訂正記事を(みっともないので出したくはないですが)出せばいいのですが、「この政策は世の中にとっていいことなのだ」という前提で書いてるけど、だけど本当に正しいことなんだろうか?もしかして私はとんでもない嘘に加担していることになるのではないか?・・・との疑いは、当時のブログを含めて記事を書くときに常に頭を離れることがありませんでした。これはいまも持っているし、ものを書くうえでずっと持ち続けていたい緊張感と心していますが、内心違和感のあることを“PR”しないといけないのはかなり苦痛でした。特に第一次安倍政権時代の私の記事は、産経新聞なんかよりもずっと“客観報道”だったと思っています(笑)

そんな罪悪感や恐怖感に苛まれ、いったいどんなホーンテッドマンションにいたんだという感じですが、「おかしい」と感じることも、いつかおかしいと感じなくなるのではないか・・・というのも怖かったですね。最初のうちは「こんなの変だ!!」と思っていても、自分ひとりが変だと感じているという状況だと、「もしかしてそう考える私の方が間違ってるんじゃないか」と傾いてしまい、いつのまにかその「常識」に染まってしまうことになりがちですが、幸い私は少数ながら同じような考えを持つ友人に恵まれたり、違う世界の人から教えてもらうことが多かったので、「そこでは“常識”かもしれないけど、他から見ると相当ヘン」という視点で見ていられたのかもしれません。

とはいえ14年半もあの世界にいたので、どっぷり浸かっていて見えていなかったこともたくさんたくさんあります。私にとって当たり前だったことも、実は全然当たり前じゃなかったということもたくさんあると思いますし、いろいろ書いていくうちにそういうギャップというか世間ずれが発覚していくのも楽しみのひとつです。そこにいなければ分からなかったこと、そこから出てみないと分からなかったこと。どちらかだけではバランスの悪い人生になっていたと思うので、永田町での14年半はすべて、「これから」にとって必要だった時間なのだろうと思います。神さまのなさることは、すべて時にかなって美しい。そう言える人生でありたいです。

2015.01.07

What do you do?

「お仕事は何をされているんですか?」と聞かれるたび、「自民党で働いてます」などと正直に答えると無用な反発や警戒をまねく恐れがあるので、適当に「赤坂のOLです」とか答えていたものですが、「政党」というと響きはややマイルドなように聞こえるけど、「政治結社」というとものすごく恐ろしいところのような気がする一方、実態に沿った表現をするとそういう言い方になるというか。なので「カタギじゃない仕事です」という言い方も多用していました。そうするとますます怪しげな人物、ということになってしまうのですが、「人に言えないような仕事をしている」という、このどこか後ろめたい気分は14年半、消えたことがありませんでした。その後ろめたさはどこからくるのかというと、世間一般での自民党のイメージが悪いからというだけでなく、そんな怪しげなところでの仕事を生業としている自分は毎日いったい何を生み出して、またその対価としてもらっているこのお給料というのはいったい何なんだろう?ということが常々疑問だったからです。

例えば会社なら、物やサービスを「商品」として売ることで利益を上げる。自分たちが生み出したもの=プロダクトに対する市場の評価が高ければ売れて、低ければ売れないという、商品に発生する価値に代金が払われる→「お金」を出す側にも、受け取る側にも、「売る」「買う」という実体を伴ったやりとりが発生している。これがビジネス、ということなのだと思うのですが、じゃあ政党はというと、収入源は政党交付金と政治献金。政党交付金は所属議員の多さに対して国から支給される税金であり、政治献金は単なる「寄付」というにはあまりにも思惑のありすぎるお金であって、政党が何か「世の中に価値ある商品」を生み出して得たお金ではない。共産党と公明党はそれぞれ機関紙があって、その収入は結構なものなのだと思いますが、特に何を売っているわけでもないのにお金が入ってきている。だから政治の世界は虚業なんだ、といつも思っていました。母方の祖父の職業は「僧侶」で(・・・というとなんかドラクエみたいですが、ほんとです)、お寺は檀家からお布施をもらって生活しているのだから、「自分たちは無産階級だ」とよく言っていた、と母から聞かされていたこともあり、「ご寄附」で成り立ってるという意味では、政党も似たようなものかもなあということはいつも思っていました。あまり深く考えると、政治が「まつりごと」といわれる所以は?という疑問にも踏み込んでしまいそうなので簡略化して考えると、それでもお坊さんは「お経をあげる」という「おつとめ」があり、それに対する御礼ということで対価が支払われているので、サービスを提供して料金をいただいていると言え、虚業感という点においてはちょっと違うのかもしれません。

では政党(と言うと党によって違いがあるでしょうし、他党のことまでは分からないので、ここでは「自民党」という主語にします)はその入ってくるお金でいったい何をやっているのかというと、「日々の政治活動」というものに使われている。日々の政治活動というのは、突き詰めればすべてが「選挙で勝つため」という目的に行き着くものであり、政党にとっての“ビジネス”は選挙である、と言っていい。政党にとって選挙に勝つ目的はというと、みずからの政治理念に沿った政策を実現するためであり、政策を実現するということは国の予算を付けて実行される施策ということなので、実態としては選挙でお世話になった人たちに予算編成での“配慮”をもってお返しをするということになる。選挙を手伝った人たちは、なかには見返りを求めない方々もいますが、一生懸命やってくれるところほど、きちんとリターンが返ってくるので、このロイヤルカスタマーを大事にすればするほど自民党の支持基盤は強固になる一方、国全体としてみれば一部の人たちだけのものになっている・・・というのが連綿と続いている自民党システムである、というのは、もうこれまで言い尽くされている政官業一体となった“ビジネスモデル”なのだというのは、実際本当にその通りだったという実感を伴って、そうした指摘は正しいと思います。

純粋なビジネスであればロイヤルカスタマーを大切にすることは別に変なことでもなんでもありませんが、税金というすべての国民が負担する義務のあるお金が入っている以上、そういう一部の人たちだけを優遇することは他の人たちにとってどうなのか、ということを考えなくてはいけない。しかしその「フェアネス」がいつまでたっても実現できないのは、選挙があるから。これがために、どうしても「お世話になった方々」には報いなくてはやっていけないということになり、実際選挙に勝つ、という目的実現を考えれば、どっちに振れるか分からないswing votersの票をあてにするということは恐ろしくてできないというのは、選挙を「やっている」側に立てば当然の戦略でもあります。

自民党のダーティイメージというのは、まったく根拠なく世間からただそう思われているということではなくて、私がずっと感じていたこの「後ろめたさ」というのは、その自民党の支持基盤、「一部の人たち」の顔ぶれがたまらなく嫌だった、ということに発するものでした。選挙運動のやり方も相当変だというのもずっと感じてきたことですが、しかしあれを「楽しい」と思い嬉々としてやってる人たちも世の中には多数いる、ということを知ったのは本当に衝撃でした。変な政治が行われているということは、変な政治を行ってほしいという人たちがいるからであり、バラマキ予算だって闇雲にまかれているわけではなく、必ず喜んで使いたい「受け取り先」があるから。「自分たちのところに予算を付けてほしい」という陳情政治、そしてそれを“差配”する政治家と官僚が一体となった予算分捕り合戦に対する嫌悪感は、もし国家予算が世の中にとって本当にいい使われ方をしているのであれば、みんながハッピーになる政策が実現されていたのであれば、逆にそんなところで仕事をしていることを誇らしく思えたのだと思います。

2015.01.05

はじめの一歩!

はじめまして、「あい」です。

今日から書いていくことにしました。よろしくお願いいたします!

いざ書き始めるとなると何から書いていこうかな、という感じですが、このブログのタイトル“The Love Awakens”というのは、Star Warsのエピソード7“The Force Awakens”をもじったものです。直感的に決めたのですが、「ライトセーバー持ってダークサイドと戦うのだ!!」・・・というような大仰なものでは決してないのですが、しかしそれほど安易なわけでもなくて、私「あい」の目覚めというかeye-openingな出来事や、気付いたこと、素朴な疑問などを読んでくださる方々とシェアして、さらなるwide awake につなげていきたいという願いをこめております。ご意見ご感想お寄せいただけたらとってもうれしいです!

で、いったい「あい」とは何者なのかといいますと、詳しくはプロフィールをご参照いただければ幸いですが、昨年秋まで14年半、政治の世界で仕事をしておりました。これでようやく私もカタギというか「普通」の人に戻って・・・などと考えていたのですが、よく考えると14年半て結構長いですよね。キャリアをスタートした2000年春にオギャーと産まれた子はいま中3になっている、というくらいの時間を、しかもあんな変なところで過ごしてきた人が今更「普通」になれるわけがありません。覚えてくださっている方がおられましたら幸せですが、2005年(〒選挙の年です)頃「さくら」という名前で一時期ブログを書いていたこともあり、あの頃は若気の至りというか、よくあんなにエネルギーがあったなあと自分でも感心するくらい、自分の仕事の記事を書く一方でブログでもいろんなことを無邪気に発信していました。あの頃は時代も小泉さんで、自民党ももっとおおらかな雰囲気でしたし、「永田町劇場」と言われていたように、実際おもしろいことが盛りだくさんでしたし、本当に毎日大笑いして楽しかったですね。その後はなんか年々息苦しくなる一方だったような気がしますが。

「さくら」を知る方々にとっては、ああ相変わらずこのひと一文が長いなあとか、変わってないなあと思われるところもあるかもしれませんが、あのときの「さくら」時代からその後の7年余りを積み重ねてきて、いまの私「あい」になっている。何か前と違うところがあるのかと言われれば、別に私自身は大きく変わったわけではないのかもしれません。でも内心思っていても公には口に出せなかったこと、これを自由に言えるようになったというこの“組織の縛り”のなさというのがいちばんの違いであるのは確かだと思います。まあ自民党にいたときから「いったい何なんだこの党は」と思って過ごしていましたが、政治の世界、しかも自民党で働いているというだけで「あなたも何か悪いことをしてるんだろう」という目で見られたり、所属しているところのダーティイメージと同一視されるのは正直かなりしんどかったです。だけどいくら「私は世間が思うような悪いことしていないのに」とか「私は違う。そんなんじゃない」とか思っていても、でも自分がどこからお給料をもらっているかというと自由民主党であり、いくらこの「政官業の“税金回し合い”自民党システム」がおかしいと内心思っていても、そこで禄を食んでいる以上、それを認めていることになるというのは事実であり、たとえ自分がtiny littleな存在であっても、その“自民党システム”のpart of itであり続けるのが耐え難かった、というのが正直なところです。

とはいえもちろん、他ではちょっと経験できないようないろんなことをさせてもらって現在の私があるので、育ててくださった方々にはとっても感謝しています。だけど最後の仕事が「2030年の日本を考える」と「地方再生」のプロジェクトだったことで、「税金をいくら使っても、一向によくならない政策をこの人たちは一体いつまで続けるつもりなんだろう?」というかねてからの疑問が、「税と予算を“使う”“配る”のが仕事である人たちがやってる限り、そしてそれを“もらう”支持基盤が変わらないかぎり、このバラマキは終わることはない」と確信したとき、もうこれ以上続けるのは無理だと思いました。米国留学から日本に帰ってきて、“public good”のために仕事がしたい、という思いで政治の世界に入り、いろいろ言われたりしても「自分のやっていることは、少しは世の中の役に立つことにつながっているはずだ」という気持ちでやってきたけど、仕事をはじめた14年半前からこの自民党のバラマキ体質、相変わらず一部の人たちだけのために税金が回されている実態はまったく変わっていないし、国の借金もいつのまにやら600兆から1000兆を超えて前よりさらに悪くなっている。この世には“覚えたる罪”と“覚えざる罪”がありますが、「おかしい」と分かっていて、しかもそれが人を幸せにしていないのを分かっていながらそこにいるということは、それは“覚えたる罪”である。もうこれ以上、変だと分かっていながらそんなシステムに“乗った”ままの自分でいるのは心底嫌だと思ったんです。

小泉さんがあれだけ言っても、結局のところ自民党は変わらなかった。税金を使う官主導の経済ではなく、民間主導の経済に転換して税収を上げていくんだとか、一部の団体の声を聞くのではなく、国民全体のために政治はあるべきだとか、そんな小泉さんの改革姿勢に共感共鳴して、一生懸命「さくら」は発信していたんだなあと思います。ドラクエふうに言えば「さくら」の魂は「あい」に受け継がれ、そして伝説へ・・・となるにはまだまだほど遠く、これからは「あい」としてあたらしい冒険の書に書き込んでまいります。

今日踏み出した、はじめの一歩はどこに続いていくのかな。自分でも楽しみにしつつ、自由に書いていきますので、どうぞよろしくお願いいたします! 

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